真の成長には苦しみを伴う努力が必要

人間は、放っておいても体が成長する。脳も成長する。学校に行ったり、仕事をしていれば経験も積むだろう。

それだけで人間は本当の意味で成長することになるのだろうか?

ただ学校で勉強し、与えられたものを聞き、与えられたものを食べ、与えられた環境で与えられたトレーニングをこなす。与えられた仕事をする。

その時間は、楽しく、面倒くさく、無気力でも、無関心でも、ただ過ぎていく。時間は止まることはない。

いつからだろうか?脳も体も気力も衰退を始める。きっと30歳を超えたあたりからだろう。思うように動かなくなり、思うように記憶ができなくなり、若気の至り、なんてものも通用しなくなる。

人間は自由を与えられた期間に成長するかしないかで、老いてからの仕事や人生そのものが大きく変化するようだ。

自由が与えられた期間とはいつだろうか?

私が思うに、高校生〜20代ではなかろうか?今はまだ分からないが定年後もそうかも知れない。

高校生は義務教育を終えて、彼ら自身に成長を促すために自由を与える。制限もあるが、かなり自由だ。この時間をどのように過ごすか?これは大きい。

部活動では、自由を我慢し苦しいトレーニングを積み、競争や理不尽さも体験できる。真剣にだ。

勉強では志望する大学を自ら選び、自らが決めた勉強法で、自分に制限をかけながら、計画したり努力することができる。自分と真剣に向き合える。

一方で、中途半端に部活動を行い、常に緩んだ状態で、試合だけ頑張ろうとすることもできる。これも自由だ。

受験勉強も自ら考えることをせず、塾という与えられた環境に親の意思で行かされ、ただそこで何となく勉強をしている自分に酔いしれることもできる。それは楽しい。何の苦しみもない。結果が出なくても他責に逃げることもできる。

自ら選び、努力した者は、他責にする言葉が見つからない。すぐに自分に足りなかったものに向き合おうとする。真剣が習慣付いたからである。

仕事も同じである。大学を卒業してから、分からないことだらけの環境に飛び込むのは正直しんどい。新人であれば分からなくて当然と思ってもらえる会社も多いだろう。

その時、自由になるお金を少し手にした自分が、その場から逃げ出すこともできる。昔はできなかったが今はできる。

仕事でわからないことがあるとき、非常に面倒に感じることが多い。大学を出てきた自分にプライドもあるだろう。

であれば逃げるのが正解か、課題に向き合い努力することが正解か?それは言うまでもなく無いだろうな。

人は苦況において真剣に取り組んだとき、真の成長を掴むものだ。逃げてばかりでは10年経とうが20年経とうが大した成長はない。

40歳を過ぎたら手遅れである。40歳で手遅れになるかどうかは、30歳になるまでに概ね決まるだろう。

だから若いうちに苦しみを伴う努力をしてほしい。誰のためでもない、自分のためだ。そして難しい状況には真剣に向き合い苦しみを伴った状態で乗り越えてほしい。

私もあと何年生きられるか分からない。日本がこのまま衰退してしまわないように、苦しんでほしい。苦しみの先に、喜びや楽しみが必ずあると信じて頑張ってほしい。

色々な人や組織を思い書きました。


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